今年のGWは八ツ峰をⅠ峰四稜から取り付き、本峰を経て早月尾根から下山することとなった。メンバーは去年の小窓尾根の3人に小林さんが加わった。
なお、堀さん、小林さん、平井さんの3人は97年のGWに八ツ峰をⅠ峰三稜から取り付いて縦走している。今年は4月中旬にも新たに1Mの積雪があり、GW前半には各地で雪崩事故が起こっていた。急な気温の上昇から雪質は非常に不安定であったので、ルート取りや危険箇所の通過は慎重に行わなければならなかった。
一般的に八ツ峰へ取り付くルートは3通りある。1つはⅠ峰を一稜から四稜のいずれかから取り付くもの、2つ目はⅠ・Ⅱ峰間ルンゼから取り付くもの、3つ目はⅤ・Ⅵのコルから取り付くものである。今回はⅠ峰四稜から取り付いたおかげで、春夏通じて八ツ峰に行ったことが無かった私にとって、八ツ峰というものの雰囲気を1度で味わうことができた。
Ⅰ峰以降(主稜)は登山者が多くトレースもしっかりしており、顕著な稜線上を迷うことなく歩くことができるので、もちろんナイフリッジの連続で気は抜けないのだが、比較的シンプルだと感じた。それに対して、Ⅰ峰四稜の取り付きから8つのピーク(P1〜P8)を経てⅠ峰にたどり着くまでが困難であった。景色にⅠ峰以降のような開放感が無かったり、雪崩れそうな大斜面、ブッシュ、岩峰、ナイフリッジなど、ルートが多様だったりと(これが楽しいのかもしれないが)、圧迫感を感じた。今回1度もリードをしておらず、またルート状況や詳細の記録を怠り、不十分な山行報告となっているので、次回の個人的な課題はリード(的確なコース取りとザイルワーク)とマメな記録をすることである。
5月3日(水)快晴
堀さんと私が馬場島に集まり、堀さんの車をデポして私の車で立山駅へ向かう。小林さんと平井さんには直接立山駅に行ってもらい、室堂までの片道チケットを購入してもらっておいた。駅に着くとちょうどケーブルカーが発車するところだった。ワカンがいるかどうか迷ったが、数日前からは新雪も降らなかっただろうから置いていった。
移動のバスの中から今日は快晴だと分かった。室堂は大勢の観光客やスキーヤー、ボーダーで賑わっていた。アイゼンを付けて歩き出すと、そこで当会の太子さんとばったり会う。剱御前小屋までの登りはまるで蟻の行列のように連なっていたが、剣沢に下り始めると人もまばらになった。大雪のためGW休業中の剱沢小屋はちょうど屋根だけが見えており、今シーズンの雪の多さを思い知る。剱山荘にいたっては今年いっぱい営業中止が決まっている。さらに剱沢を下っていくと、昼で日差しが強いせいもあって、アイゼンに団子ができて歩きづらかった。途中、平蔵谷や長次郎谷でも小さな雪崩跡が見られた。
やがて三稜と四稜を分ける四ノ沢出合に到着すると、こちらもひどく雪崩れた跡があり、四ノ沢からのデブリが剱沢まで到達していた。本日予定している幕営地は、四稜枝尾根上で比較的緩やかな1950Mもしくは2060Mである。しかし枝尾根へ取り付くには勾配が急でシュルントも多く、踏み込むと雪崩れる恐れがあったため、しばらくはデブリ上を進んだ。登り始めてすぐに右手のほうから小さな沢水が流れていたので、水を3Lほど補給した。やがて枝尾根に取り付き、ヘロヘロになりながら幕営地(1950M)まで登った。最初私にはここは幕営するのにしてはあまりにも勾配が急で、雪崩の通り道ではないかと思ったが、分かりにくいがここは尾根上で雪崩の危険が比較的少なく、雪を掘り下げて整地すれば4人用テントも十分に張れるほどのスペースが得られた。
5月4日(木) 快晴
起床は3:30で、ちょっと遅かった。南斜面なので出発する頃には既に日が昇っていた。冷えて安定した尾根を登りながら、無名岩峰(四稜P1)を目指す。無名岩峰の基部から、左側にある四ノ沢の右俣に一旦下り、P1・P2のコルに登り詰めた。この右俣には薄っすらとトレースが付いており、見上げると4人パーティがザイルを出しながら雪壁を登攀し、P2のある稜線を目指していた。私たちはザイルを出さなかったので直に追いつき、聞けば松本のクライミングメイトというクラブの人達で、早朝の雪が冷えて安定している間に、四ノ沢出合から一気に右俣を登り詰めたとのことだった。
P2〜P3のヤセた稜線に出ると、先には岩とハイマツが露出した岩稜があった。先行パーティがザイルを出して、全員がこれを越えるのに50分ほど待った。ここでは小林さんがダブルロープでリードし、岩稜を越えたところにある緩やかな尾根上にスノーバーで支点をとった。
P3〜P4は左側に雪庇が張り出しているが、ここでは2本のザイルを繋いで100Mとし、1ピッチ目は堀さんが右に巻きながらリードした後、ユマーリング(プルージック)で続く。2ピッチ目は小林さんが50Mザイルでリードし、後から3人がコンテで続いた。
P4〜P5は堀さんリードで、岩壁を避けて一旦右にトラバースしてから再び尾根に取り付く。このあたりで四の沢に目をやると、いくつものシュルントが口を開いているのが見える。
P6〜P7はヤセ尾根で、堀さんリード。左側は雪庇である。
P7〜P8は幅広で急勾配の雪壁を登り、尾根に出なければならない。しかしシュルントがいくつもあり、どこにルートを取っても雪崩の危険がある。先行パーティは雪壁の中に薄っすらと走っている1本の尾根を見いだし、ノーザイルで直登していた。後続の私達は階段状に歩きやすくなったトレースをありがたく登った。登りきる手前で右にトラバースし、P8で礼を言って先行パーティを抜いた。
P8以降もノーザイルで行けた。尾根上で20Mほど急勾配を降る箇所が出てくるが、その直前のピークがⅠ峰である。ここからは、うねるような主稜の稜線から本峰までの道のりが見渡せ、トレースがファスナーのようにずっと先まで続いているのが分かる。また、本峰直下の長次郎雪渓の左俣には大きな表層雪崩の跡があり、発生面からデブリまでが500Mほどあった(この雪崩による被害者のニュースはない)。Ⅰ峰からは露出した岩を支点に小林さんがリードで下り、幕営地とした。続いて松本のパーティもここで幕営した。テントは詰めれば3張りは可能だと思う。
5月5日(金) 晴れのち曇り
3時起床。できれば今日中に下山することを目標としていたので、昨日より早起きした。しかし隣のパーティのほうが早く出発していった。主稜は見晴らしは良いが、良すぎて左右とも谷底まで丸見えで、まさにナイフリッジである。
出発して直に3Mほどの下りがあり、岩に残置ハーケンと捨て縄があったので、シュリンゲを出して降りた。2峰の下りでは10Mの懸垂があった。そして3峰を登っているとき、先頭の小林さんがトレースを踏み外して長次郎雪渓側に滑落した。滑落制動を試みたが荷物が重くて上手くいかず、どうすることもできなかったが、20Mほど滑ったところで開いていたシュルントに落ち、口から血を出す程度で済んだ。3峰と4峰の下りは懸垂せず、ダブルアックスで降りた。
5峰の下りは50M×2ピッチの懸垂で降りた。支点は、堀さんが用意した30cmほどの竹棒をクロスさせて十字架を作り、雪面に対して垂直に2本埋めたものを使用した。また、先行パーティが使っていた支点をバックアップとした。ここから長次郎谷の雪崩のデブリのすぐ横の、熊の岩の下にテントが1張り見える。また、長次郎のコルを目指して登るスキーヤーのグループも見えた。
このあたりから人の姿を多く目にし、安心感を覚える。ただしナイフリッジは変わらないので緊張は続く。はっきり言ってかなり恐ろしい。6峰のEフェースの下りは懸垂。7峰はクライムダウン。8峰はいつの間にか過ぎており、最後のピークは八ツ峰の頭という。ここでは30分以上順番待ちをし、懸垂で北方稜線に合流する。
ここから道幅がずいぶん広くなったと感じる。本峰まで1時間だし、明るいうちに下山できそうだった。長次郎の頭は左側に巻いた。長次郎のコルで当会の山スキー組にも会う。そしてそして、予定通り1時間で登頂。ずいぶん風が強かったが、嬉しくて気にならなかった。
早月尾根への下りでは、いいところに鎖があったりして、ザイルを出したのは2700M付近で懸垂をしたときだけだった。14時過ぎに早月小屋に到着し、とりあえずビールを買って乾杯。私は下山するつもりでいたが、今日はよく歩いて体力が無いだろうし、雪の状態も悪いからということで、ここで幕営することになった。早月小屋も大雪のため、屋根がやっと顔を出すくらいまで雪が残っていたが、かろうじて玄関までは掘ってあった。小屋の人たちは2階の窓から光を入れるために別のところも掘っており、私達も掘るのを手伝ったので、小屋の人からいろいろお礼を頂いた。堀さんのスノーバーが大活躍だった。
5月6日(土)
今朝は朝食を取らず、速攻で撤収した。早ければ2時間で下れるので、途中腹が減れば行動食で済ませることとした。風は生温かったが、北斜面なので日が当るまでは雪もしまっており、歩きやすかった。50Mほどの尻セードを2回できたので個人的に満足した。7時過ぎ、小屋から2時間を切る好タイムで馬場島に到着し、デポしてあった堀さんの車で立山駅に行った。当然風呂に入りたいのだが、8時半ではウェルピアの風呂はまだ早すぎた。いろいろ調べたがこんな早くからやっている風呂は無く、結局解散した。皆さんはどうされたかは知らないが、私は去年と同じくアルプスの湯で風呂に入り、2Fでカレーを食べて締めとした。
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